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メールマガジン「がんばりすぎないセキュリティ」No432 (25/11/17)

素朴な疑問シリーズ:放送と通信って何が違う?(432号)

前回は、緊急速報が「放送」の仕組みを使っていると書きました。

その中で、放送と通信という言葉を当然のように使いました。

ですが、一般に通信と放送の違い、特に電波を使う無線での通信と放送の違いとなると、説明できる人の方が少ないでしょう。

実際のところ、技術の目で見ると、電波を使った通信と放送って「いとこ」くらいに近い関係だったりします。

というわけで、今回は電波を使った放送と通信の違いについてお話します。


1. 放送と通信

放送といえば、誰もが思い浮かべるのはテレビ、ラジオ。 一方、通信といえば、電話(スマホ)、インターネットが代表的です。 (ここでは、有線ではなく無線の通信を前提としています) どちらも電波を使うという点はいっしょですが、最大の違いは、受信側の数にあります。 放送では、同時に多数の機器に向けて電波を発信します。 一方の通信は、基本的に特定の一台に向けて送信します。 同じ電波でありながら、放送は1対多のばらまき型、通信は1対1の相手特定型。 これが、両者の大きな違いですが、これには、割り切りと工夫がこらされています。

2. 放送

電波は誰にでも届きます。拡声器を使って大声で話をしているのと同じです。 だから、電波は誰でも受信でき、受信そのものは無料です。(なので有償コンテンツには別の技術が必要です) テレビもラジオも同じ仕組みで動いています。 ただ、拡声器と同じで、誰かが聞き洩らしても、「もう一回言って」とは言えません。 放送は送りっぱなしなので、受信が間に合わなければ、その部分のデータは欠落します。 雨の日にテレビの画面が荒れること、ありますよね。 あれはまさに放送ならではの事故で、データ受信の失敗を意味します。 また、上で受信は無料と書きましたが、初期のテレビやラジオは全て無料でした。 WOWOWやStarChannelのような有料チャンネルには、データの暗号化(いわゆるスクランブル化)技術が必要で、実用化にはかなりの時間を要しました。

3. 通信

さて、電波の利用は、テレビやラジオの普及によって、爆発的に増えました。 ところが、通信は有線(その代表がいわゆる固定電話)の時代が長く続き、電波を利用した通信が一般化したのは、せいぜい30年前くらいです。 その理由は明快で、電波と通信の相性がめちゃくちゃ悪かったからです。 電波は拡声器みたいなものですから、通信内容は回り中に聞こえます。 一方で通信では、通話の秘密が重視されます。 誰だって、愛のメッセージを拡声器で伝えたくはないですよね。 そういうことです。

4. でも最初の携帯は...

実は、1980年代には携帯電話(といっても自動車電話などと呼ばれ、1式が7kg以上あるようなシロモノ)が販売開始されました。 1980年あたりの邦画では、「お金のある会社の社長」像として自動車内で電話するシーンが出てきます。当時としては最先端だったのですね。 とはいえ、この携帯電話は、まさに愛のメッセージを拡声器で伝えるタイプでした。 受信機さえあれば、誰でも通話内容を傍受できてしまったのです。 当時は、正規のルートでは受信機なんてまず入手できません。でも、マニアはどこにでもいます。一部の好事家が米国から輸入した機器を少し改造すれば、携帯電話で使う電波も傍受できる、ってことに気付いたのです。 こうなると、アンダーグラウンドでそれが広まるのは時間の問題です。 ここにきて、携帯電話を普及させるには、この傍受問題をクリアすることが必須の課題となりました。

5. 暗号化による解決

これをクリアしたのが、mova(ムーバ)やcdmaOneと呼ばれた1990年代の第2世代(2G)と呼ばれる携帯電話でした。 この2Gはデジタル携帯などと呼ばれていましたが、この世代からは、通信内容の暗号化の仕組みが組み込まれています。 デジタル化というと「ああ、音が良くなったアレね」という印象をお持ちの方も多いでしょうが、デジタル化は、暗号化を採用するために避けては通れない関門だったのです。 1990年代といえば、まだパソコンが16ビットが当然だった時代、ノートパソコンすら珍しい時代です。その時代に片手で持てる携帯電話に、デジタル処理と暗号化を組み込むことは、途方もないチャレンジだったはずです。 この時には、デジタル化すると同時に、様々な通信手順が整備されました。 例えば、通信では、放送のように送りっぱなしとはいきません。相手に確実に届ける仕組みが要ります。 つまり、基地局との連携手順、通信相手を見つける手順、エラー発生時の再送手順、など放送では考えなくてよかった仕組みが一気に必要となったのです。 今皆さんのお手元にあるスマホは、こういった過去の技術者の執念のたまものなのですね。

6. まとめ

前回は、緊急速報は放送方式を使って、多数の端末に同時速報ができる仕組み、というお話をしました。 今回は、放送から始まった電波利用が、通信に応用、というお話でした。 にも関わらず、緊急速報が"放送方式"を採用したことは、まるで先祖返りのようにも見えます。 でも、技術の世界ではよくあることです。 方式の新しさではなく、目的に一番マッチした手法が選ばれた、というだけの話です。 今回は、素朴な疑問シリーズ第3弾として、通信と放送についてお話しました。 次回もお楽しみに。 今日からできること:  ・スマホの通信や通話は高度な暗号化で守られています。   →安心してご利用ください。 (本稿は 2025年11月に作成しました)

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