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2024年中にNTTの固定電話網をインターネット網に統合することになっています。 今回は、NTTが固定電話網をやめる理由についてお話をします。1. 固定電話とインターネットの違い
前号(358号)でお話した通り、固定電話では交換機を使って電線(電話線)を電話機間で物理的に接続します。ですので、電話機自体は何も考えずに信号を送ってもちゃんと相手に届きます。これを回線交換方式と言います。 一方でインターネットは全く通信方式が違います。回線交換は行わず、その代わりにパケット通信という仕組みで、データを目的のサーバや端末まで届けます。 インターネットでは全てのデータはパケット(packet:小荷物)と呼ばれる数百〜数千バイトの小さなデータに分割します。 各パケットには送り先を書いたタグをつけておきます。 データを受け取ったサーバは送り先タグを見て、そのパケットをどのルート(電線)に送るべきなのかを決めます。その次のサーバも同様にタグを見て、送り先のルートを決めます。 こうやって、たくさんのサーバを経由して、パケットは目的地に運ばれていくのです。 これをルーティング(routing:ルート決め)と言います。 まるで、荷物をいろんなトラックに載せて運んでいるようなので、このデータのことをパケットと呼ぶのです。 インターネットでは交換機は不要ですが、その代わりルーティングを行う機器としてルータというものが必要になります。 この「ルータ」は家庭でインターネット接続する時にもよく使われます。 多くの方には「インターネット接続に要るらしいナゾの箱」でしょうが、ルート(route)を決める(routing)からルータ(router)なんですね。 ちなみに、ルートディレクトリとか数学のルート記号はrootで、これは根とか根幹の意味の別の単語です。2. インターネット網になると何が変わるのか?
さて、固定電話をインターネット網に置き換えるとなると、この交換機の仕組みをインターネット上の仕組みに置き換えることになります。 ですが、現状の固定電話の電話機は回線交換を前提に設計されています。 インターネットのことなど全く知りません。いきなりインターネット網につながれても困ります。 まさか全国の電話機をインターネット対応した電話機に更新してくださいなどと言えるはずもありません。 そもそも電話回線をインターネット網に変更するのはNTT側の都合です。 結局、NTT側で全ての交換機を「インターネット対応」させるしか方法はありません。 これを図にするとんな感じでになります。 違いは★の部分だけですので、大したことはなさそうです。 回線交換方式 電話機 ↓(NTTの電話回線) 交換機 ↓(NTT内部の専用線)★ 交換機 ↓(NTTの電話回線) 電話機 インターネット網を利用 電話機 ↓(NTTの電話回線) 交換機 ↓(NTT内部のIP網)★ 交換機 ↓(NTTの電話回線) 電話機 ホントにそんなにカンタンな話なのでしょうか? 元々は交換機というのは、相手の交換機を見つけて接続するところまでが仕事でした。 つなげてしまえば、後は電話機同士で会話をしてくれるからです。 ところが、インターネット対応するとそうはいきません。 上でも書いたように、全てのデータをパケットという塊に作り直して、それがルーティングできるように送り先タグもひとつづつ付けないといけません。 つまり、交換機がやることは各段に増えるのです。 電話機は今までどおりに回線交換をしてもらえる前提で電話番号を伝えます。(前回解説したパルス発信やトーンダイヤル(ピポパ)発信) すると、交換機はさも回線交換を行っているフリをしながら、実はインターネットを経由してせっせと音声データをパケット化し、タグを付けて、他のインターネット対応の交換機まで送り届けなければならないのです。 今までに比べればずっとやることが増えます。 しかも、電話機には、あたかも回線接続ができているかのように見せないといけません。 交換機はインターネット側ではこまごまとやることが増え、電話機に対しては回線接続を偽装するという面倒な二つの仕事をしなければならないのです。 ちなみに、電話機と交換機の接続手順は黒電話の時代から変化していません。 現代は黒電話でもインターネットを通して電話をかけられる時代なんですね。←すごく誤解を招く言い方(笑)。3. なぜ固定電話網をやめるのか?
固定電話がいずれインターネットに吸い込まれるであろうことは随分前から言われていました。 これは固定電回線の維持コストに関係しています。 電話は全国津々浦々、例え離島であれ、人里離れた田舎であれ、引くことができました。 NTTは電々公社(電信電話公社)時代から希望があれば、日本全国にあまねく電話を提供する義務を負っていました。 余談ですが、これはユニバーサルサービスと呼ばれます。電話料金の明細に「ユニバーサルービス料」というナゾの項目がありますが、あれは日本全国に提供する義務への対価なのですね。 全国に張り巡らされた回線網を持っている会社など、そうそうありませんから、NTTは通信に関わる分野では圧倒的に有利な立場でした。 ですが、インターネットの普及が進むにつれ、その有利さがむしろ負担となってきます。 全国に回線網を持っているということは逆にその維持メンテナンスに膨大なコストがかかることを意味します。 もちろんNTTだって固定電話網の資産を活用する方法をいろいろと考え、電話回線をデジタル化したり、より高性能な交換機を開発したりもしたのですが、世の流れ(インターネット化)には勝てなかったということだと筆者は考えています。4. それでもセキュリティは堅牢
「電話回線をインターネット化しますよ」と聞くと「ええ、盗聴とかのセキュリティ対策は大丈夫なの?」と心配になりますよね。 実は、固定電話網をやめるといってもNTTはやっぱり超大手の通信企業なんです。 今回、回線交換網をインターネット化するといいながら、実は「インターネット」ではないんです。 上でNTTも固定電話網の資産を活用する方法を考えた、と書きました。 この資産というのは固定電話網だけじゃありません。 大量の回線を収容し、それを全国に張り巡らさせるための設備(直径何メートルもあるでっかいチューブ、地下トンネル、鉄塔、メンテナンス用の建物や機材)を全て、さらにそれを保守できる人材をも保有しているのです。 だから、この設備にインターネットの線を引き回しさえすれば、全国の全ての交換局(NTTの交換機を収容している建物)を結ぶ社内専用ネットワークが構築できるのです。 もっとも「線を引きまわす」にはおそらく数十億(では足りないかな)の費用と年単位の時間が要るのですが。 このネットワークのことをNTTはNGN(Next Generation Network)と呼んでいて、かなり以前(2000年ころかな?)からずっと利用し続けています。 電話の通信内容はこのNGNを使いますから、今までどおり電話機同士の通信は傍受することが極めて難しい(NTTの建屋に侵入しないとまず傍受できない)のです。 つまり、一般的な音声通話サービスが「暗号化しているから安全です」などというのとは全くレベルの違うセキュリティを確保しています。5. VoIP
もともと、今回の話はVoIPの話をしようとして書き始めたのですが、前段の話がやたらと長くなりました。 VoIPはVoice over IP(IPを使った音声通話)の略で、IPはいつものようにInternet Protocol(インターネットの通信方式)の略です。 これはインターネット網から、固定電話に電話をかけるための技術を示す言葉で、一般的にはIP電話という表現で知られています。 IP電話の見た目は様々で、従来の電話を使うものもありますし、スマホなどで電話番号を取得するケース、LINEやFacebookなどのSNSが提供するサービスもあります。 形態は様々ですが、音声をデジタルデータに変換し、それをVoIPサーバと呼ばれるサーバに送信し、VoIPサーバが相手先の交換機(通常であればNTTの交換機)に電話番号を伝えて、音声データを渡します。 NTTの交換機は電話番号を受け取ると、あたかも電話機からコールされたかのように目的の電話番号を管理している交換機を呼び出し、その交換機に音声データを渡し、それを音声に戻して相手の電話機に伝えます。 言葉で書くと複雑ですが、音声がデータ化されたりしているだけで、やっていることは固定電話と同じです。6. なぜIP電話は110や119を使えないのか
やや余談ですが、IP電話が普及した頃、IP電話は110や119が使えないからダメだという論調が多かったように思います。 確かに110などの緊急電話が使えないのは不便です。どうしてこうなっているのでしょうか? この理由は実に単純でIP電話では「電話番号から(おおざっぱな)住所が得られない」からです。 110や119では、かけてきた電話番号から市町村を割り出して、適切と思われる警察署や消防署に転送をしています。通常の固定電話であれば、市外局番がわかれば、おおむね市町村がわかりますから、それを頼りに転送が行えます。また、ケイタイの場合は、その時通信している基地局から住所がわかります。 ですが、IP電話では電話番号から住所を調べることができませんから、電話を適切に転送することができません。だから110や119は使えないのです。 もっとも、近隣の警察署や消防署の番号にかけることはできますから、大きな問題になることはないようです。7. まとめ
2024年中にNTTの固定電話網をインターネット網に統合することになっています。 これは総務省の方針にそったものだそうです。 もちろん、各家庭の電話機は変更不要ですし、利用者から見て変化はありません。 変化といえば、電話料金が全国均一で1分9.35円になっている(2024年1月から)点くらいでしょうか。 交換機を使った回線交換という仕組みだった電話ですが、今後はNTT内部では全てをデジタルデータ化してNTTの社内ネットワーク(といっても全国のNTTの交換局が接続されている)でやりとりする形式に変わります。 今回の統合は利便性の向上より、NTT側の設備維持が困難だという事情から来ています。 NTTのような巨大な電話インフラを必要とする企業は他にありません。 ということは、交換機にしても通信網にしてもNTT専用品を開発する必要があるわけです。 専用品となれば、全てのコストが高止まりするのも当然です。 だから、役目を終えた回線交換方式をやめ、インターネット網に乗り換えるというのが実際のところでしょう。 なお、インターネット網といっても今回の統合で利用するのはNTTのNGNといういわば社内ネットワーク(全国規模ですが)ですので、盗聴の心配はありません。 少なくともインターネット上の音声通話サービスやオンライン会議に比べればはるかに盗聴は難しいと言えます。 今回は、固定電話網のインターネット統合についてお話をしました。 次回もお楽しみに。
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